上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.-- / Top↑
こちらを向く兵隊たち

この兵馬俑坑、実は発見されたのは意外と最近である。

1974年3月29日 始皇帝陵の近くで農民が井戸を掘っていた。
すると、何やら兵隊の陶器の破片を発見したのである。
その後発掘調査が始まり、500点以上の陶俑、本物と同寸大の陶馬が
24頭、木製戦車が6両、青銅武器が100点以上出土した。

この発表は世界中にセンセーションを巻き起こしたらしい。
私はまだ産まれていなかったが、母親曰く皆が見に行きたいと興奮した
ものだ、とのことであった。


右側に回りこむ。

横を向く兵隊

端の兵隊はちゃんと外側へ向きを変え、内側を守っている。

更にアップ。
兵隊大アップ
甲胄の1枚1枚が非常に繊細。しかめ面の表情からは、その時に
何を考えていたかすら伝わってきそうだ。


兵馬俑坑は、宮城を警護する近衛兵と考えられているようだ。
並びから、3号坑が指揮中枢である「軍幕」、1号坑が右軍、2号坑が左軍、
4号坑が中軍と考えられているらしい。

この1号坑が一番大きく、6300体以上は兵隊がいると推測されている。

なんとも大きい・・・・。



1号坑の奥にはまだまだ発掘スペースが残っている。

発掘中の場所

組み立て中の兵隊

バラバラ兵士

組み立て中の兵士は・・・申し訳ないがバラバラで少々見ていて辛い。


1号坑の一番奥には、組み立て直後の兵馬俑が整然と並んでいる。

仲間入り前の兵馬俑

待ち続ける兵士

これらは丁寧に組み立てられ、足りない部分は補修されている。
そうやって見事息を吹き返した兵士たちは、再び前方で整列している兵士の中に
加えられていくらしい。
前の軍隊に加わるのを今か今かと待っている状態なのである。

馬の荒々しい姿

表情豊かな馬俑

今から2200年も前にこれほど活き活きとした彫刻が生まれていたという
ことにただただ驚きである。


ちなみにこの兵馬俑坑を見事掘り当てた農民・楊さんの写真。

発見した農民

「この方は今どうしてるんですか?」とガイドさんに尋ねると、

「今は公務員になってお金持ちになったね。

時々博物館に現れて、写真集にサインを書く仕事をしてるよ。」

とのことであった。


楊さんの人生は、兵馬俑坑を掘り当てたことで一気に悠々自適な生活に
変わったようだった。
スポンサーサイト
2011.08.10 / Top↑
華清池観光を終え、この旅行のハイライトである兵馬俑坑へ
いよいよ向かう。

華清池からはかなり近い。

A:華清池、B:兵馬俑坑

大きな地図で見る

車でわずか15分。
いよいよこの旅で一番楽しみにしていた兵馬俑坑に到着。

兵馬俑坑入り口

しかし、目的の場所はまだまだ遠く、ここからは徒歩かカートかを
選ぶことができる。
外は炎天下。迷いなくカートへ・・・。カート料金5元(約60円)。

兵馬俑坑のカート

元々徒歩圏内の場所だが、カートですいすいと通りぬけ、ようやく
目的地へ着いた。

あの体育館のような佇まいが、一番有名な1号坑。

兵馬俑1号坑

あちらへ急ぎ、入り口を抜ける。

すると、視界が急に開けた。


1号坑に入ったら

デカイ!

小学校の体育館より何倍も広いドーム内に大勢の兵隊たちが集い、
一斉にこちらを向いている!

兵馬俑坑大勢の兵隊

兵隊中アップ

この兵隊たちにはそれぞれモデルがいたとされている。
確かによく見ると、一人一人全く顔も服装も異なる。

頭にお団子スタイルの面長兵隊
頭にお団子のある兵隊たち

頭の飾りが違う 馬も従えている
馬もいる

これらは今も掘り出し中であり、なかには出土真っ只中の兵隊も。

出土中の兵隊

どの兵隊を見ても、作りは非常に繊細で丁寧なのが遠くからでもわかる。
等身大かと思いきや身長は2mを越えていて少し大きいらしい。


1号坑の奥へ進んでいく。


2011.08.09 / Top↑

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。