上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.-- / Top↑
翌日早朝の便でブカレストに戻るのだが、
6時20分発とかなり早いため、夜は出歩かずに
ホテル内のレストランへ。

このレストランには、私がずっと食べたいと思っていた
「サルマーレ」というロールキャベツがあったので、
迷わず注文。

サルマーレ

中にはひき肉が入っており、本当に食べやすいメニュー。
もちろん、ロールキャベツの下には例のママリガが
ぎっしり隠されている。重い。
ただ、ここで食べたママリガが一番美味しかった。


翌朝は5時10分にタクシーを予約してもらっており、
スムーズに移動。
バイア・マーレ空港は非常に小さく、ブカレストと1日1往復
するのみ。しかも週5日とのこと。
しかも、ブカレスト行きは6時台、帰りは22時台とかなり
使い勝手が悪い・・・。

バイア・マーレ空港内

ロビーには同じ飛行機に乗る人々が既に集まっていた。
ロビーは空港というよりは、どこかの古いホテルのロビーと
言った感じ。
外には、暗闇の中に行きと同じタイプのプロペラ機タロム航空が
スタンバイ。

時間通りに案内があり、暗い中徒歩で飛行機に向かい乗り込んだ。

バイア・マーレのタロム航空

離陸の順番を待つ飛行機も無く、私たちが乗り込み着席するとすぐに
動き出した。
しかし、滑走路あたりまでたどり着いてからもノロノロと地面を這うばかりで
なかなか飛び立たない。
どうしたんだろう、と思っていたら、小さな空港の滑走路を最大限に
利用するため、滑走路の端まで一生懸命動いていたらしい。
端までたどり着いてからくるりときびすを返し加速、ようやく離陸した。


乗客はビジネス客が圧倒的に多かった。
乗ると、行きと同じくクラッカーが配られた。
飛行機からは日の出が見られ、早朝飛行機も悪くなかったかもしれない。

ルーマニアの夜明け


1時間の飛行でブカレストに戻ってきた。


大きな地図で見る


ここからがまた勝負。
明日も早朝出発であるため、空港近くのホテルを予約していたのだが、
そこまで行くにはどうしてもタクシーに乗らなければならない。
ただ、ブカレスト空港タクシーには初日に嫌な思いをしているため、
できるだけ避けたいのだが・・・。

タクシー乗り場に行くと、案の定白タクのおっちゃんたちが近寄って
きたため慌てて空港内へ戻る。
どうしよう・・・。

困った顔でエレベーター前にたたずんでいると、一人の男性が
「ジャパニーズ?」と声をかけてきた。

スポンサーサイト
2011.01.10 / Top↑
2010年9月16日(木)

今日から日本へ帰る旅が始まる。

8時発のバスを待つ。
JANというバス会社があり、その会社の前からバスが出る。
シゲット・マルマツィエイから山を越えてバイア・スプリエ、
バイア・マーレを抜け、確かクルージュ・ナポカまで行くものだった
と思う。


大きな地図で見る

ガイドさんが予約してくれていたとはいえ、ローカル路線なので
ちゃんと乗せてもらえるか心配。また、ちゃんとバスが出るのか
どうかも・・・。
ただ、ルーマニアはバスがしっかりしていて、列車よりもよく
利用されているとのことだったため、信じて早めに待つ。

ボチボチ人が集まってきた。
8時ちょっと前にバンタイプで表にJANと書いたバスが
やってきた。定員は20人くらいか。
とりあえず周りが皆乗るため乗り込む。

皆が着席した後、一人一人名前が呼ばれ、その都度乗務員に
乗車賃を払う。
無事私の名前は呼ばれたが、微妙に呼び方が違った。
まあ、パスポート見せる訳じゃないので、うなずいておいた。
海外ではよくあること。

シゲット・マルマツィエイからバイア・マーレまでは約2時間。
バス代は10lei(約250円)。安い。

中には予約をしていない人もいるらしく、自己申告してお金
を払っていた。

8時15分頃、バスは出発。
帰路につく寂しさでボーッと窓から眺める。


バスからの眺め

周りを見ると、本当に庶民のバス。
頭にスカーフを巻いて、本当に近所を出歩く格好のおばあさんもいれば、
ビジネスマン風のスーツ姿もいる。

バスはバス停も無さそうな微妙な場所でちょこちょこ停まり、
そのたびに人が乗ってくる。
予約をしているようにはとても見えない。
バスは満席だが、なんとか全員座れた。

バスは山に入った。
シゲット・マルマツィエイは標高が高いため、峠を少し越えると
ひたすらくねくね下っていく。
予想以上に山道は長く、朝から少々疲れてしまった。
おばあさんを見ると、前の席の背もたれにうつ伏せてぐったりしている。

バスからの眺め~森

シゲット・マルマツィエイはこんなに山奥にあったのか・・・
と思い知らされた。

下るにつれ徐々に周りが明るくなり、民家が多くなってきた。
バイア・スプリエは田舎町という雰囲気だったが、更に進むと
開けてきてバイア・マーレ駅に到着した。

バイア・マーレの街並み

バイア・マーレの教会

バイア・マーレという町は、マラムレシュ県の県庁所在地とのことだが、
慌ただしい雰囲気は無く静かな町。
確か時計塔があったはずだが・・・と、ホテルに荷物を置いた後、
早速旧市街へ向かう。
バイア・マーレ中心部は、徒歩で回れる距離。
新市街にあるホテルから徒歩20分程度で旧市街入り口に到着した。


バイア・マーレ旧市街

バイア・マーレ旧市街2

旧市街はカラフルな壁が素敵な家がたくさん並んでいた。
なかなか趣のあるいい雰囲気。

旧市街には、時計塔があるとのこと。
ここから眺める景色はとても素晴らしいとのこと。
屋根もきっとカラフル・・・。

シュテファン塔

しかし、入り口は閉ざされており登れず。

バイア・マーレからも世界遺産に含まれる木造教会に
タクシーで行くことはできたが、昨日たくさん見てきたため行かず。
結局通過点として、だらだら過ごしてしまった。

街中にあった石像。通りすがりのおばちゃんが何やら説明してくれたがわからなかった。
五賢人?


2011.01.10 / Top↑
夕方、シゲット・マルマツィエイへ到着。
ホテルでガイドさん夫婦とお別れ。

本当にお世話になって、別れ際は本当に感動で涙がにじんた。
一人でルーマニア北部まで来ることができ、こんなに充実した
観光ができたのは、行き届いたサービスを提供してくれた
ガイドさんのおかげだ。
全くトラブルなくここまで辿りつけたことに、本当にホッとし、
感謝した。

ここからはひたすら日本へ帰る旅となる。
シゲット・マルマツィエイは、昔はマラムレシュ地方の中心地
だったそうだが、残念ながら空港は無く非常に不便。
私はブカレストin outとしていたため、なんとかブカレストに
帰り着かなければならない。

明日早朝のバスで、空港のあるバイア・マーレまで行くことになっていた。
前日までに予約が必要だったため、こちらもガイドさんが行ってくれた。
バス停はホテルから徒歩圏内のガソリンスタンドの近く、すぐわかる、
大丈夫、とのことだった。

ホテルは「CASA IURCA DE CALINESTI」
ガイドブックには載っていなかったが、新しく素敵なホテルだった。
中級ホテル、といったところだと思う。

CASA IURCA DE CALINESTI

ルーマニアはホテルが安く非常に旅行が楽だった。
ツインベッド、シャワー付き、朝食付きのごく普通のホテルで、
40Euroだったと思う。
西ヨーロッパだったら、すぐに1万円まで届きそうな部屋。
満足だった。


夕方になり少し涼しくなってきたが、少しホテル周りをウロウロ。
しかし、やはり長旅の疲れであまり歩き回れなかった。

シゲット・マルマツィエイの町

人通りは結構多く、建物の壁はパステルカラーで美しかった。
しかし、疲れてあまり写真も撮らず、いい写真が無い・・・。

シゲット・マルマツィエイの町2

明日朝乗るバスの乗り場は少し探すのに手間取ったが、ホテルから
スーツケースを引きずっても安心な距離でほっとした。


ホテルには外に郷土料理レストランが併設されており、ウロウロする気力も
無かった私はそちらへ直行した。

ホテルのレストラン

レストラン内装

こちらは民族衣装を着たかわいいウエイトレスさんがいて、
ルーマニア語がわからない私にも親切に対応してくれた。

英語メニューがあり、それでシチューを注文。
日本で言う汁が多いシチューというよりは、煮込みという感じ。

シチューを注文

写真上半分についているのは、「ママリガ」というトウモロコシの粉を
蒸してバターを練りこんだもの。皿料理にはたいてい付いてくる。
日本ではご飯とかパンに当たるものではないかと思う。
チェコでもクネドリーキという蒸しパンみたいなものが皿にのって
出てきたが、似た感じだなあ、と思った。

シチューそのものはビーフシチューのような味であり、濃い味である。
それをママリガと絡めて食べるのが理想だと思う。
ただ、バター風味なせいか私には結構重く、半分残してしまった。
最初見たときは全部食べられそうに思ったんだけど・・・。
でも、ルーマニア料理はおいしくてよかった。

民族衣装のウエイトレスは、写真を願いでると、喜んで一緒に撮って
くれた。

日本を経って5日目。
明日からは日本へ帰る準備の旅。移動が多くなる。
疲れもあり、早めに眠ってしまった。

2011.01.03 / Top↑

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。