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ゆったりとした道が続く。

ブコヴィナ地方の風景

朝のスチャバはたぶん10℃前後だったと思われるが、
日が照っていて、トレンチコートは暑くて脱いでしまった。

道には色んな動物が現れる。

牛乳売りの馬車

これは牛乳を売る馬車。
なんとも優雅である。

働く馬


しかし、道端から犬が飛び出してきたり、牛が道で暴れていたり、
なかなか車を運転するには危険な道路だった。


スチャバを出て3時間。
次なる世界遺産、モルドヴィツァ修道院に到着した。

扉を開けると、こちらも広い。
というか、フモール修道院がかなり小さかったことがよくわかる。

モルドヴィツァ修道院

こちらは、ヴォロネツ修道院よりも若干スマートでスタイリッシュな
雰囲気だと感じた(気のせいかも・・・)。

こちらのフレスコ画は、黄色が目立つよ、とガイドさんが言う。
何の黄色なのか、近づいてみる。

モルドヴィツァ東南面

モルドヴィツァに近づく

ギリシャ時代の偉人達

黄色は、描かれた聖人たちのオーラだった。
青の背景に黄色が際立ち、はっきりとした色調の絵となっている。

ところで、すぐ上の写真の下段の人々は一体誰なのかというと・・・
ガイドさん曰く、
「プラトン、アリストテレスなど、ギリシャ時代の偉人だよ」
とのこと。
この人々は神様にも値するほどの偉業を成したため、このように
フレスコ画に聖人たちと並んで描かれたらしい。

この修道院で有名な壁画は、
「コンスタンティノープルの陥落」

コンスタンティノープルの陥落

1453年に東ローマ帝国のコンスタンティノープルが、
オスマントルコのメフメト2世の手に堕ちた事件である。
ただ、こちらに描かれているのはもっと昔の出来事で、
イスラムの包囲を見事突破したエピソードが描かれているらしい。

修道院周囲をぐるりと回る。

モルドヴィツァ北面

北面はやはり冬の風雪により消えかけている。

周りにはバラがいっぱい

十字架にもバラ

修道院を取り囲む塀


周りにはバラが咲き乱れ、本当に素敵なところだった。
時間はゆったりと流れていく。
天国を私はもちろん知らないが、きっとこんなところなんだろうな、と
思った。

もっとここにいたい、と思ったが、次へ向かうためモルドヴィツァを
後にした。

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2010.10.31 / Top↑
フモール修道院の後は、割と近所にある修道院へ向かう。
道には信号はあまり見かけず、車はびゅんびゅん飛ばす。

馬車も走っており、車と馬車が混在する車道は不思議。

馬車も走る

少し走ると、これまた世界遺産、ヴォロネツ修道院に到着した。
こちらは前に駐車場もあり観光バスも停まっている。
こちらの方が規模が大きいようだ

扉を開けると、中はかなり大きかった。

ヴォロネツ修道院東面

修復用の足場の骨組がやや残念だが、フモール修道院よりもずっと大きく、
外壁のフレスコ画も色鮮やかに残っている。

このヴォロネツ修道院は、モルドヴァ地方の修道院群の中で一番有名。
外壁のブルーが非常に印象的であり、「ヴォロネツブルー」と呼ばれている。

ヴォロネツブルー

ガイドさんは、「ラピスラズリの色だ」と教えてくれた。
確かにきれい。というか、よくここまできれいに色が残っていたもんだ。

修道院の南側では、何やら人だかりが。

ヴォロネツの礼拝

オリーブの葉を聖水に浸している

美しい羽織り物を来た聖職者が、オリーブの葉を次々に黒い缶の中に入った
聖水に浸している。
上の写真では長い木の棒を持った女性が写っているが、この地域ではこの木の棒を
たたいて祈りの時間が来ることを知らせるらしい。

オリーブの葉が机に積まれている
テーブルに積まれたオリーブの葉

そのうち、この女性はこの棒をカンカン叩きながら、修道院の周りを
歩き始めた。周りの人もついていく。

ヴォロネツの宗教儀式

ボーッと見ていると、ガイドさんが
「yumitz、あの後について一周回りなさい」
と勧めてくれた。

東面周りで一周すると、西面にこれまた有名な壁画が現れた。
「最後の審判」である。

ヴォロネツの最後の審判

背景も深いブルー、すごい迫力の壁画である。
本来ならばこの西面には入口があるはずだが、この壁画を描ききるために
入口は南面に造られていた。

画像をクリックすると拡大します
最後の審判上半分

ガイドさんが壁画について説明してくれる。拡大して見ていただきたい。
中央一番上に描かれているのは神。その下がキリストである。
キリストの下には白い鳥。これが亡くなった人の魂である。

画像をクリックすると拡大します
最後の審判下半分

白い鳥の下には天秤がある。この天秤で善悪を裁かれるのである。
天秤の下左半分は天国。
最後の審判の天国

天秤の下右半分は地獄。
最後の審判の地獄

ちなみに、地獄側に描かれているのはトルコ人とのこと。
これはキリスト教の教えとは直接関係ない。この壁画が描かれた時の
オスマントルコに対する人民の感情の表れなんだろう。

こちらも北面の壁画は一部薄くなり消えていた。

外壁のインパクトが非常に大きかったためか、内壁のことは実は
ほとんど覚えていない・・・。良かったと思うんだけど。

こちらも周りの庭にはバラが咲き乱れていた。

バラにあふれた庭

ヴォロネツ修道院は、外壁のフレスコ画からものすごいパワーを
感じるところだった。

こちらも満足し、次の修道院へ向かった。

2010.10.30 / Top↑
9月14日(火)
今日も朝からいい天気。快晴だ。

朝9時にホテルロビー(と言っても椅子がひとつしかない
単なるフロント前だが)で待ち合わせ。
昨日の旅行会社の人が車で迎えに来てくれた。

今日は世界遺産である、「モルドヴァ地方の教会群」
8つの登録施設のうち、4つを車で1日かけてひと回りするツアーである。

画像をクリックすると拡大します
ブコヴィナツアー

スチャバから一回りでざっと200km程度だが、山道でありかなり大変な
ツアーだと思う。
列車はところどころ走っているが、本数が非常に少なく乗り継いで回る
のはかなり困難であり、私には車でのツアーしか選択肢がなかった。

スチャバを抜けると、目の前には大草原が拡がり始めた。
広大な田園風景。見ていて非常に心が和む。

スチャバの大草原

わらの山

この付近の道路は非常に状態が良く、走り心地も良い。
よって、ドライバーはスピードをどんどん上げていく・・・。


スチャバから1時間ちょっと走り、最初の世界遺産、フモール修道院に到着した。

フモール修道院の門
フモール修道院の門

ドキドキしながら扉をあける。

フモール修道院

とんがり帽子のような屋根をつけた、こじんまりとした建物が
バラに囲まれ建っていた。

フモール修道院東面
フモール修道院東面アップ
フモール修道院東面
フモール修道院南面アップ

この地域の修道院は15~16世紀に建てられたものが多く、内壁のみならず
外壁にも色鮮やかなフレスコ画が描かれているのが特徴だ。
これは世界的にも非常に珍しいとのこと。
他の国と同様に、文字が読めない人々にもキリスト教を伝えられるよう、
アダムとイヴの物語や、最後の審判などが描かれていることが多い。

西側に入口がある。

フモール修道院入口外観

フモール修道院入口アップ

こちらには最後の審判が描かれていた(これは他の修道院の方がすばらしい
ため、後ほど説明します)。

扉の内側からは、讃美歌が聞こえてくる。ちょうど礼拝の時間に重なったようだ。
中に入ると、たくさんの人々がお祈りをしている最中だった。
厳粛な雰囲気ゆえ、祭壇のある前方の部屋にはなかなか行けず・・・。

どうしようかと困っていると、ふと近くで床に座って礼拝していたおばあさんが
手招きをする。
そちらを見ると、おばあさんは

「気にせず行け」というように盛んに前方を指差し、前へ行くよう促した。

そのおかげで、前方の祭壇のある部屋まで行くことができた。
観光客など、礼拝の邪魔になるから嫌がりそうなのに・・・
おばあさんの計らいが非常にうれしかった。

祭壇はイコンが美しく、長い時間をかけてここまで来てよかったと思った。

フモール修道院全景
フモール修道院全景

咲き乱れるバラ

この地域でたくさんバラを見たが、日本で見るよりも楽しそうに
咲いているように見えたのは、やはり気候や環境が良いからでしょうか。

フモール修道院は、他の修道院に比べると外壁のフレスコ画の保存状態が
あまり良くなく、消えてしまっている部分が多い。
写真には無いが、北面は冬の厳しい北風により、かなり消えてしまっていた。
しかし、このこじんまりとした地味な修道院は、私の一番のお気に入りに
なった。

非常に満足しながら、次の修道院へ向かった。

2010.10.30 / Top↑
心配していたブロペラ機は、安定した飛行で一安心。

タロム航空からの風景


短いフライトなので、飲み物とお菓子のクラッカーが配られた。

時間通り18:40頃に無事にスチャバ・シュテファン・セルマーレ
空港に着陸した。
小さな空港であり、タラップを降りると空港出口まで自力で向かう。
ブカレストより北部だからか、夜に差しかかっていたからか、
空気はややひんやりしていた。

ターンテーブル前でスーツケースが出てくるのを待つ。
この出口の向こうには、旅行会社の出迎えが待っているはずだ。

この私のわがままな旅行を叶えてくれたのは、スチャバにある
旅行会社だ。
この旅行会社がきれいなHPを作っていて、その中から自分の希望
にぴったりのツアーを見つけることができた。
対応してくれた方は、私のつたない英語での問い合わせに丁寧に
答えてくれ、行く前から信頼できそうな方だった。
しかし、女一人旅、今日から一体どんな旅になるのか・・・。

やや待った後、ようやくスーツケースを手にし、私は扉を開けた。

キョロキョロしていると、背の高いひげを生やしたまじめそうな
男性が私の名前を呼び掛けた。
返事をすると、ホッとした様子で話し始めた。

「ようこそ、スチャバへ。なかなか出てこないから心配したよ。
何しろ名前と日本人だということしかわからないから。
さっき知り合いが降りてきたから、
『中に日本人は乗ってなかったかい?』
って聞いたんだ。そうしたら、
『ああ、一人いたよ』
って言ってたから、それを頼りに待ってたよ。」

非常にフレンドリーな柔らかい物腰の男性だった。
英語もスラスラ話し、非常に聞き取りやすく楽ちん。
確かに日本人らしき人は私しかいなかった。
というか、この旅で日本人には全く出会えなかった・・・。

駐車場へ行き、彼の車に乗り込んだ。
車の中で彼はいろんな話をしてくれた。
この空港は1日に数便しか飛行機が飛ばないため、市内とを結ぶ
公共交通機関は存在しない。そのため、皆お迎えが待っていたり、
自分の車で帰ったりするようだ。

スチャバには過去にチャウシェスクが家具などの工場をたくさん
造ったとのこと。

「ホラ」
と彼が指差した方には、1本の背の高い煙突が見えた。

「でも、政権が終わった後は、工場も稼働しなくなった。
その後にどうなったと思う?
工場は大きなショッピングセンターに生まれ変わったのさ。
あの煙突の下には遊園地があって、あの煙突は展望台とレストラン
になってるよ。」

楽しそうに彼は笑った。
確かに煙突の周囲には、「スチャバショッピングセンター」と
書かれた看板があちこちに見られた。

話をしているうちに、今日のお宿「HOTEL GLORIA」へ到着した。

部屋はシンプル
HOTEL GLORIAの部屋
2010.10.17 / Top↑
国民の館を満喫した後は市内をウロウロ。

大主教教会
大主教教会

中心部で見つけたカルフール
ブカレストのカルフール

カルフールで買い物したり、デパート内を見回ったり。
昨日のホテル周囲とは打って変わって、人通りは多くにぎやかだった。

古い建物もいっぱい

しかし、私は夕方旅立つ先のことで頭がいっぱい。

15時にホテルからタクシーで再びオトペニ空港へ向かう。
いよいよ今回の旅のメインであるスチャバ(Suceava)へ旅立つ。

ルーマニアのフラッグキャリアは、タロム航空(TAROM)。
ルーマニアへ行くまでは知らなかったが、スカイチームの一員らしい。
タロム航空以外にも飛行機はボチボチ飛んではいるが、国内で最も
いろんな場所に飛ばしているのは、やはりタロム航空になる。

国内線でブカレスト-スチャバ間は一時間ちょっと。
便数は一日1~2便だが、チケットが取れないと困るので、あらかじめ
TAROMのサイトで予約をしていった。
ただ、プロペラ機というのが今回の不安材料だった。
日本で乗るプロペラ機は、たいてい揺れてロクな思いでがない・・・。

国内線ターミナルは国際線ターミナルの隣。
しかし、地下に降りたりなかなかややこしく、表示もイマイチだった。

すると、前に20代くらいの青年とその母親・祖母らしきグループが
チケット片手に歩いていた。
青年は電光掲示板や表示を見ながら「スーチャーバー」と連呼している。

地元民ならきっと国内線ターミナルへ連れて行ってくれる!!

そう思って後ろにびたりとつく。

しかし、この3人はひたすら迷う。エレベーターやエスカレーターを
昇ったり下ったり。
エレベーターなんて、祖母らしき人が勝手にボタンを押すもんだから、
なかなか動かない・・・。
途中で見切りをつけて、自分で道を見つけて行ってしまった。


国内線ターミナルはセキュリティチェックが意外に厳しい。
時計やネックレスも外すように指示された。
かなり時間がかかっていたため、国内線でも早めに空港に着くほうが
よいかもしれない。
ここでも職員に「コニチワ・アリガト」と挨拶された。

国内線ターミナルのゲートは、A~Eの5つ。
ゲートと言っても本当に扉があるのみで、そこからはバスに乗り込む。
夕方と早朝は飛行機の出発ラッシュであり、30分前にゲートに到着
しても、まだゲートに自分の飛行機が表示されていなかったりする。

案の定表示はなく、少し不安を抱えながら待つ。
待合室の椅子は満席で、地べたや階段に座り込んでアナウンスを待って
いる人も多い。

17:05
搭乗時間どおりにアナウンスが入り、ゲートを通ってバスへ。
小さなプロペラ機であるため、乗客全員を回収してからでないとバス
は動かない。
椅子に座りのんびり待っていると、先ほどのグループ3名も乗り込んできた。
座る席が無く祖母はよろめいている。席を譲ると喜んでくれた。

バスが出発し、プロペラ機に近づいていった。

スチャバへ行くタロム航空

未知の町へ行く不安や期待、異国のプロペラ機に乗るという不安が
高まってくる。
何かあった時、たった一人でやっていけるんだろうか。

17:35 定刻通りにスチャバへ向け飛行機は離陸した。
2010.10.17 / Top↑
このシャンゼリゼ通りを模したという統一大通り。
やはりすごく長い・・・。

統一大通り

しかし、シャンゼリゼ通りのように、高級店が立ち並びあれこれ
寄り道をしたりするようなところもなく・・・。
店は辛うじてあるようだが、人気もなくすごくさびしい。

この統一大通り、結局シャンゼリゼ通りより幅が6m狭いようだ。
しかも、これを造るがために、元々あった素敵な古い街並みが
破壊されたというのだから、残念でならない。

なるべく人が多い場所を選んで歩き、なんとか国民の館の前まで
到着した。

国民の館を正面から

でかい!
部屋数3107、世界の官庁・宮殿の中では、ワシントンD.C.の
ペンタゴンに続く大きさだという。
しかし、国民の館、といっても、ちっとも国民の役には立たず、
ひたすらチャウシェスクの思うように使用されていただけらしい。

ここまで来ても、まだまだ門からは遠い。
前には大きな駐車場があり、そこから右手に大きく周り、右側面まで
回り込むとようやく見学用の門に到着する。

右側の門を超えると

英語で対応してくれる受付があり、グループツアーを申し込む。
1015-1P(Ⅰ)
と書かれた紙を手渡された。
10時15分に1人の客、という意味だろう。最後のⅠはわからない。
見学に来るのは外国人ばかりであり、英語ツアーしか無かったような・・・。
ちなみに、パスポートは必須である。

10時15分、15人くらいの老若男女が集合。
まず、先ほどの紙とパスポートを見せる。
パスポートは回収され、それと引き換えに番号のついた緑色のタグを
渡された。これを首からかける。
その後、持っているカバンを空港のようなX線検査にかけ、自分も
金属探知機を通る。

その後、はつらつとした英語堪能なお姉さんと共に中へ入っていく。

国民の館の廊下

国民の館の豪華な階段

中は天井が高く、本当にどこかの宮殿のようだった。
しかし、これほど国民に歓迎されない宮殿も珍しいだろう・・・。
案内のお姉さんは流暢な英語で、グループを率いていく。

ツアーは約1時間。最後にテラスに出る。

テラスから見る統一大通り

テラスからの眺めは気持ち良い。
しかし、やはり前に見える統一大通りはなんとなく寂しい。

ここで中年の紳士から英語で話しかけられた。
どこから来たのか?と。
アジア人は一人もおらず、珍しかった様子。
おじさんはイギリス人であり、昔お世話になった先生がルーマニア
いるため、時々ブカレストを訪れるのだそうだ。

前の統一大通りを指差し、「ここにはたくさん建物があったんだが、
破壊されたんだよ」とつぶやいた。
こんなに豪華な建物なのに、皆がきゃっきゃはしゃいで楽しめない
雰囲気・・・。観光名所ながら、なんだかすっきりしないものがあります。

国民の館、様々な思いが交錯する名所であり、複雑な心境にもなりますが、
訪れる価値があると思います。
行く時はパスポートをお忘れなく。
2010.10.11 / Top↑
9月13日(月)
今日はブカレスト観光2日目。
しかし、今日は夕方に移動するため、時間はあまりない。

まず、昨日入れなかったらクレツレスク教会へリベンジ。

今日もいい天気
朝のクレツレスク教会

扉があいている

扉は開いていた。
中の撮影はできなかったが、中は一面フレスコ画で埋めつくされていた。
中は非常に静かであり、前に通りがあり車が行き来しているとは思えない
くらい。
ルーマニアらしい教会に、テンションが上がってくる。

ヴィクトリア通りを歩いて南下していく。
今朝の目的地は、国民の館。

下る途中で少し脇道に入ると、こじんまりとした教会が見えた。

スタヴロポレオス教会

スタヴロポレオス教会。
18世紀の古い教会のようだ。
周囲は静かでひっそりとしているが、近づくと中から歌声が聞こえてきた。

入口に近づく

そーっと中に入ると、黒い服を着た女性5,6名が歌を歌っていた。
美しい声が中に響き渡る。
中が美しいとのことだが、恐れ多くて奥まで入れず、しばらく聞いて
からそっと外に出た。

外壁もキレイ
スタヴロポレオス教会外側

都会の真ん中で、このようにゆったりとした時間が流れていることに
感動しながら歩き続けた。

更に歩くと、川に出た。ここを渡ってしばらく進んでいくと、国民の館
へ近づくはずだが、10時から開くというのにまだ時間がだいぶ早い。
少し遠回りをして、統一大通りから国民の館を目指すことにした。

統一大通りは国民の館から伸びる非常に大きな通り。

左半分が国民の館 そこから延びる大通りが統一大通り 約4km
国民の館を空から

チャウシェスク政権時代、パリのシャンゼリゼ通りに憧れたチャウシェスクが
それと寸分違わぬ幅、長さで通りを造ろうとしたらしい。
しかし出来上がりはパリとはほど遠いとか・・・。

統一大通りの半ばにある統一広場に立つと、遠くに巨大な建物が見えた。

統一広場から見る国民の館

ここから国民の館を目指す。
2010.10.03 / Top↑
ルーマニア初日に私が選んだホテルは、
NOVOTEL BUCHAREST CITY CENTRE

繁華街や名所が徒歩圏内という、高級ホテルの類。
初めての土地で何が何だかわからないため、
世界チェーンの有名どころをネットで予約した。
できてまだそれほど経っていないらしく、かなり新しいホテルである。

ノボテル外観

オレンジのクッションがかわいい
ノボテルの部屋

この2日間、ずっと飛行機に乗っているか、飛行機を待っているかだったため、
ゴロンと気持ちよさそうなベッドに寝そべってしまいたかったが、
ブカレストに残された時間はあまり無い。
まだ日も高いため、周囲を散策に出かけた。

ただ、タクシーで来る時も感じたのだが、人通りが少ない。
確かにもっと大きな通りはあるのだが、このNOVOTEL前もそこそこの通りな
はずなのに、人がまばらにしか見られない。
少しドキドキしながらホテルを出た。

まだ35℃を超える真夏日だった、湿気の多い大阪と比べ、
ブカレストは乾燥して心地よい風が吹いている。
半袖カットソーにカーディガンを羽織る。

まず向かったのは、ホテルのあるヴィクトリア通りを北に向かって
歩いてすぐのところにあるクレツレスク教会。

道路の向かいから見た教会
クレツレスク教会

いかにもルーマニアらしい教会!こういうのを今回は見に来たんです。
この重厚な感じの造り!

道路の裏手から見る
クレツレスク教会の門

教会の中に入ろうとしたが、門は閉じており今日は断念。

しかし、この都心の教会の周囲には人は本当にまばら。

教会裏の公園

なんで?今日は日曜日だから?本当に首都??
不安になりながら速足で歩く。

本当にガラガラ
がらがらの道路

もう少し北に向かって歩くと、かなり広い道路に出る。
向かい側には大きく美しい建物が見えてくる。

アテネ音楽堂

アテネ音楽堂だ。
整った建物にうっとりする。
その周囲もやはり人はまばら。

うーん、なんだかさびしい・・・。
ルーマニア初日はなんだかさびしい印象で幕を閉じた。
部屋に帰り、ベッドで夕食も摂らずに朝まで爆睡した。

実はもっとにぎやかな場所があったんですけどね・・・下は見かけた銅像
ブカレストの銅像
2010.10.02 / Top↑

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