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当雄(ダムション)駅は・・・特に町も見えず、草原のみ。

当雄駅の周辺


列車から降りることもできない。
数分経って、また列車は動き出した。

私たちの昼食は、前日ラサのスーパーで買い込んだカップ麺。
前回のツアーで1度青蔵鉄道に乗っているガイド君より、

食堂車のご飯はマズイ

という情報を得たからであった。

お湯は各車両の端に備え付けられており、各コンパートメントにひとつずつある魔法瓶に入れておくこともできる。
激辛ラーメンを買ってきたが、これがなかなかおいしい。
あまり食事に恵まれなかったこの旅では、悲しいことにベスト3に入る旨さだった・・・。

次の見所は、「錯那(ツォナ)湖」。
ラサから5時間近くかかる。

ふと、ガイド君が、

「僕、眠くなりました。ツォナ湖まではまだしばらくあります。
寝てもいいですかぁ?」

確かに、朝からガイド君にはお世話になっている。きっと疲れもたまってるんだろう。

「じゃあ、ツォナ湖で起こしますね」

と、私は答えたが・・・。
どっちがガイドなんだか。
確か私より年上だったはずだが、なんて無邪気なんだ。

雲が低い
低い雲


列車はそこそこスピードを出したかと思えば、
しょっちゅう対向列車とすれ違うために駅に止まる。
単線であるため仕方ないのだが・・・。

那曲(ナクチュ)駅
那曲駅


陸橋


空を見上げる



青蔵鉄道は高地を駆け抜けるため、高山病対策として車内には「酸素供給器」が備え付けられている。

酸素供給器


この蓋を開けると、チューブの差込口が現れる。

チューブの差込口
酸素供給器中身


ちなみに、チューブがなくても、この口の周囲を指で押すと、
「ブオーッ」
と、ものすごい勢いで酸素が出てくる。

私は職場で酸素を扱うことが非常に多いのだが、酸素はたいてい「1分間に1リットル」など決められた量をダイヤルで合わせて使用する。
しかし、この勢いだと、何リットル出てるんだか。
しかも、この列車は下りだから高山病はないと判断されたのか、結局最後まで酸素チューブは配られなかった・・・。


17時ちょっと前。ラサを出発して4時間半。
ツォナ湖が姿を見せた。

ツォナ湖が見え始めた


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2007.12.23 / Top↑
私たちが乗る4号車は、臨時車両だかなんだかで、4番目ではなくディーゼル車のすぐ後ろで一番前の車両となっていた。

私の席は、硬臥(二等寝台)の下段。
硬臥は、ひとつのコンパートメントに上中下の3段ベッドが向かいあわせに作られており、定員6名。もちろん満員だ。
父は向かいの下段。ガイド君は中段だった。
日中は下段が座席代わりなので、自分のベッドに見ず知らずの人も同席する。
ただ、6名並ぶのは窮屈なので、廊下側にも簡易椅子があり、そちらからも景色を楽しむことができる。

しかし、景色を撮るのに夢中で、肝心の車内、とくに寝台車の写真が見当たらない・・・。ごめんなさい。

11時20分 ほぼ定刻にガタン、と列車は動き出した。

ラサ市内の家並みはあっという間になくなり、草原と岩山の風景が広がり始めた。

今日はラサは曇り空。
しかし、山の天気はなんとやらで、車中から眺める天気は晴れたり曇ったり、めまぐるしく変わっていく。

青空

広がる草原

ヤクの群れが見える
ヤクの群れ


立ち上がる雲


車掌さんが回ってきた。検札だ。
切符は回収され、カードになる。

切符の代わり表

切符の代わり裏


本物のの切符は、車掌さんのスクラップ帳のようなファイルに丁寧にはさまれて、下車するときまで保管される。


ずーっと草原と山だ。

もちろん、この景色を見に来た訳だが、しばらくしてちょっと飽きてきた。
ガイド君が車内探検に誘ってくれたので、父を置いて私たちは席を立った。

私たちの硬臥車は、ほとんどが中国人で埋まっていた。日本人は見かけない。
しばらく行くと、気になっていた食堂車についた。

食堂車


昼前出発なので、ちょうどお食事時。食堂車は満員だ。
私たちは結局食堂車は利用しなかったが、中華料理が基本メニューのようだ。
車内アナウンスで「チンジャオロース、・・・(これしか聞き取れなかった)」と、時々メニューが読み上げられていた。

ガイド君がこっそり撮ってくれた厨房 本格的
厨房


こちらは座席のみの車両、硬座。

実はこれはガイド君の後姿
硬座車

西寧までほぼ24時間だが、やはりずっと座りっぱなしは疲れそうだ。
でも、車内はきれいで快適だ。

写真はないが、軟臥(一等寝台)は硬臥と異なり高級感があった。
乗っているのは主に欧米人。日本人も一組見かけたような気がする。
ひとつのコンパートメントに上下2つずつのベッドで計4人。更にコンパートメントごとにドアがあり、廊下の人の目から逃れることができる(硬臥にはない)。
廊下側には車内誌が置かれていた。

ラサを出発して2時間ほど走った後、「当雄(ダムシュン)」に到着した。

当雄駅


2007.12.16 / Top↑
8月23日 ラサ4日目
今日でラサともお別れだ。
お別れは悲しいけれど・・・

私は朝から結構ハイテンションだった。

今日はいよいよ今回の旅のこだわりポイント2

青蔵鉄道に乗車する

私は鉄道ファンでは全くないけれど、列車旅行は大好きだ。
青蔵鉄道に関しては、昨年の夏の開通の時から注目し続けていた。
今年のお正月の青蔵鉄道特集も録画し既に予習済みだ。

青蔵鉄道の始発駅「ラサ駅」は、市街地から少し離れている。
ラサから一緒につきそってくれたガイドちゃんとお別れし、
成都からつきそってくれているガイド君と共に
車で約15分ほどでバカでかい駅舎に到着した。

中国らしい大きな駅舎
ラサ駅


私が今回持ち込んだスーツケースは非常に動きが悪く、
故に引っ張ると息切れがした。

駅の構内は今から列車に乗る人、見送る人でごった返している。
各列車ごとに待合室が用意され(中国式ですね)、案内表示が出ている。

私が乗るのは西寧まで この列車の終点は蘭州
駅の待合い案内


さすがに待合室もまだきれい
待合室


ガイド君が切符と健康カードを持ってきた。

私の座席は4号車硬臥(二等寝台)の下段らしい
切符


健康カード クリックすると拡大します
健康カード


住所・電話番号を記載するところがあるが、ガイド君より、住所はホテル、電話番号はガイド君の携帯を書くよう言われた。
漢字表記なので想像がつくと思われるが、健康カードは「高地旅行について理解していること」、「3000m以上の高度を旅行でき体調であること」を表明するもの。健康カードは列車で回収される。

中央に改札があり、そこで切符を提示する。

改札上の電光掲示板 1番乗り場らしい
電光掲示板


改札を越えると・・・テレビで見た青蔵鉄道の車両が待っていた。

青蔵鉄道お目見え

緑の車両が渋い
行き先表示

青蔵鉄道前から

乗り込む乗客たち


予約は既にいっぱいで、私達の車両である4号車は臨時扱いだった。
ウキウキしながら4号車に乗り込んだ。

さようなら、ラサ
ラサ駅表示

2007.12.14 / Top↑
ヤムドゥク湖の青さは、想像を超えたものだった。

ヤムドゥク湖縦


たまたま晴れていたので、湖面にチベットの青空が写り、ますます青くなっている。
自分が立っている高さと同じくらいのところにある山には雲がかかりっており、手が届きそうだ。

クリックすると拡大します
湖の青さ

湖の青さ2


ところで、こんな山の上でもトイレはやはり存在する。
石を積み上げて造られた壁に囲まれた青空トイレ・・・。
女性用はポタラ宮と同じく「ニーハオトイレ」だ。

男性用。壁の上から頭がのぞいている
ヤムドゥク湖のトイレ



峠の上から湖を眺めた後、車に再び乗り込み、湖岸へ降りていくことになった。

車の中から
湖岸道路

ヤクを連れた人も
ヤク飼い


湖岸の適当な場所を見つけて、車を止めて降りた。
聞こえてくるのは風と波の音のみ。
とても静かだ。

ヤムドゥク湖岸


しかし、この写真を撮っている間、頭痛はなんとか鎮痛剤で治まってきたものの、お腹のムカつきは治まらない。

ふと、遠くからヤクを一匹連れた家族がやってきた。

さっきのヤクだ。

どうも、ヤクと一緒に写真を撮れ、と言っているらしい。

「ゴゲン」

うーん、日本語だ。
日本人がよく来るんだろう、きっと。
でも、こういう記念写真は嫌いじゃない。いや、むしろ大好き。

ということで、たかだか5元(80円弱)だし、ということでヤクに乗り記念撮影した。

写真撮影用に着飾っている
着飾ったヤク


一家は満足げに帰っていった。
満足した一家


しばらくボーっとした後、元来た道を引き返した。
山道は辛く、やはり車酔いとは違った雰囲気のムカムカが続いていたが、
山を降り切るとお腹はすっきり、頭痛も消え去った。

高山病は高度を下げれば治る」

というのを体感した。

ヤムドゥク湖から見た青空


2007.12.12 / Top↑
8月22日 ラサ3日目。
今日は待ちに待った「ヤムドゥク湖ツアー」の日。

前から見たくて見たくて仕方なかった、山の上にある湖である。

8時半に出発し、ラサ市内からシガツェという町へ向かう道を、ヤルツァンポ川に沿ってひたすら走る。

ヤルツァンポ川をまたぐ橋を渡ったところで、何やら川沿いに人だかりが。

ここで水葬が


「ここは水葬する場所です」

うえー、ここが??

でも、チベット人にとって神聖な場所は、我々外国人にとっては珍しい観光地になってしまう・・・。

記念撮影する旅行者
記念撮影


まあ、私たちも結局写真を撮り(さすがにポーズは取れないが)、複雑な心境で後にした。

このあたりから、徐々に山道に入る。

ヤムドゥク湖にたどり着くためには、4700mまで上るらしい。ラサが3600mだから、ざっと1kmは上ることになる。もちろんこんな経験は私にはない。

時には、牛の集団に阻まれながら・・・
牛の集団


山道から


車は猛スピードで山の斜面に造られた、ヤムドゥク湖へ続く登山道をどんどん登っていく。
ちなみに、この道路は中国により新しく造られたらしく、無料である。この道路ができたおかげでヤムドゥク湖がぐっと身近になったらしい。
中国がチベット観光にいかに力を注いでいるかがわかる。

この、新しい道路でのドライブは非常に快適なものではあるが、ものすごい勢いで高度を上げているが故に、案の定・・・。

頭痛がやってきた。

また高山病だ。

心なしか、呼吸が勝手に深くなってきた。
深呼吸が繰り返される。
また、こっそり頭痛薬を飲む。
効き目が出るまで我慢できるか。
なんだかお腹もムカムカしてきた。
でも、車酔いとは雰囲気が違う。これが高山病の吐き気だろうか。

しかし、今までに体験したことない高度。
耐えられるんだろうか。
周りは父を含め平然としているのに・・・。

手が届きそう

もう、手を伸ばせば雲に届きそうだ。

1時間近くかけ、ようやく視界が開けたところで車は止まった。

そこには、想像以上の光景が待っていた。

ヤムドゥク湖
2007.12.02 / Top↑
ポタラ宮でやや疲弊した私たちは、ほんの少し車に乗り、

ジョカン寺

へやってきた。

ジョカン寺前は広場になっている
ジョカン寺


ジョカン寺の前の通りには両側にたくさん露店が並んでおり、観光客でものすごくにぎわっている。

ジョカン寺のある場所は、言い伝えでは昔は湖だったらしい。占いでここを埋め立てて寺を作れと出たため、山羊を一生懸命働かせてここを埋め立て寺を作ったそうな。
「ラサ」とは、チベット語では「山羊の地」という意味らしく、その伝説が元になったらしい。
ちなみに写真では撮れなかったが、この山羊が働いて湖を埋め立てている場面は、壁画でちょこちょこ目にした。

ジョカン寺の前では、今までで見た以上にたくさんの人々が五体投地にいそしんでいた。

ジョカン寺でも盛ん


ジョカン寺の壁画


「これをどうぞ」

とガイドさんが私たちに手渡したのは、バター灯だった。
ろうそく立てのような手のひらサイズのカップにヤクバターが乗っている。
ジョカン寺の前に半地下になっている小屋があり、そこで火を灯して並べる。

階段を下りると、むあ~っと熱気が・・・。

バター灯


めちゃくちゃ熱い!

写真からは伝わりにくいと思うが、バター灯を灯して置いてくるだけで、大げさでなく火傷しそうだった。
熱がる私を見て笑うガイドさん。
うーん、みんなどうやって置いてきているんだろう。


ジョカン寺に入る。

今日はお坊さんのありがたいお話があるとかで、中にはびっしりと信者たちが。

信者たち

信者たち2


マイクから聞こえる講話は、やっぱり全く内容がわからない。
信者たちは、どちらかというと年配の方が多かったが、皆、片手にマニ車を回しながら、熱心にお祈りをしていた。
こちらもものすごい熱気だ。

そーっと邪魔にならないように横をすり抜け、奥へ。

奥には、もう定番となりつつある、金ぴかの仏像たちが立ち並んでおり、やはり写真は禁止。
あれだけ見たいと願っていた仏像たちも、これだけまとまって山ほど見せられると色あせて見える(贅沢な)。

一通り見回ったあと、最上階へ。

お坊さんの背後から
上から

ポタラ宮も見える
ここから眺めるポタラ宮


ジョカン寺の熱気におされ、なんだかもう疲れてボーっとしながら、私たちは近くの喫茶店に入りへたりこんだ。
2007.12.02 / Top↑

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