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春のテッサロニキ。
街の中心部にある公園には花があふれ、活気がみなぎりつつあった。

パンジーが咲き乱れる
街中の風景2


公園に集う恋人たち・・・。

街中の風景1




これらはある休日、花があふれる街中を何気なく撮影したものである。
インスタントカメラであるため、帰国後に初めてこの写真を見ることになった。

すると、

撮影した時には全く気づかなかったものが写っていた・・・。



2枚目の写真を拡大してみよう。

拡大1


拡大2


公園のベンチに座っているのは、恋人たちでも何でもなく、

全て男性だった。

しかもちょっと年配の方たち。

みんな背広を羽織り、帽子を被っていてちょっとおしゃれ。
ステッキを持った粋な男性も見られる。
皆、思い思いに語り合い笑いあっている様子がわかる。

ちなみにこの日はイベント日でもなんでもない普通の休日だった。
日本で言う
「井戸端会議」
になるんだろうか。

日本の同年代の男性ではまず見られない光景。

この日がたまたまだったのかもしれないが(?)、
こんな風に年配の男性が大勢集って語り合うような環境があるって素敵だな、と思いました。

野良犬は公園でふて寝していた
犬のふて寝


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2006.11.30 / Top↑
エレオホーリアに30分遅れでやってきたバスは、ハルキディキ半島のリゾート地のひとつである「カリクラティア」に到着。

海沿いの美しい町である。
先ほどと打って変わって、また日が当たり暖かくなってきた。

海岸はテルマイコス湾という湾に面しているらしい
カリクラティア海岸


4月はさすがにまだ海水浴できないため、辺りは閑散としていた。
夏にはきっとセレブな方々が近くのホテルに滞在するんでしょう。
きっとこのパラソルの下でゆっくり寝るに違いない。

夏の海水浴シーズンが目に浮かびます
夏の面影


海岸の風景


ぶらぶらと砂浜を歩く。

ふと、体に起こった変化に気づいた。

自分のジャケットから出た手が黒い!!

欧米人オルガを見ると、やや顔に赤味が差している程度。
あなたの顔が赤いということは、私の顔はもう既に黒いということか!

「知らん間にめっちゃ焼けてるやん!」

と慌てふためく私を見ても、オルガは最初

「焼けてる方がおしゃれなのよ~」

とか言って取り合わなかったが、

「これ、見てよ!」
と、ジャケットの内側と外側とで色が完全に違う私の腕を見せると、

「・・・あなた、焼けやすいのねえ。」

と同情してくれた。

ギリシャの北部と思って油断していましたが、春の紫外線は既にかなり強い模様。
紫外線をめいっぱい吸収して焼けちゃう日本人は、やはり日焼け止めが常時必要なようです。

仕方がないので、帰りのバスが来るまで砂浜のパラソルの陰で一休み。

どこかから犬も一休みしに来た
犬もリゾート


17時半すぎのバスに乗り込み、テッサロニキに無事帰還。
疲れきって、20時過ぎに日焼けの手入れもせずに寝てしまいました。

2006.11.26 / Top↑
平日は病院でへんてこな病棟実習を行っていたが、休日はテッサロニキ近郊に出かけたりと遊び呆けていた。

ある土曜日。
チェコ人オルガと一緒に、テッサロニキから近いリゾート地であるハルキディキ半島へ出かけた。

Google Earthにて。この大きな半島がハルキディキ半島。
半島からは更に下向きに3本の指みたいな半島が出ている。出かけた場所は黄色の囲み辺り

ハルキディキ半島


9:00 街中から少し離れた場所にある半島行きのバスターミナルからバスに乗り込んだ。

まず、「ぺトラルナの洞窟」へ行くため、「エレオホーリア」を目指す。

テッサロニキ→エレオホーリアのバスチケット 2.25ユーロだった クリックで拡大します
バスチケット


「ぺトラルナの洞窟」とは、この周囲の観光名所の1つであるが、
実はエレオホーリア駅から徒歩4km・・・。

徒歩4kmというのは最初あまりピンと来なかったが、オルガ曰く、普通に歩いて1時間はかかるとのこと。
私たちは元気に歩き出した。

のどかな風景
ぺトラルナ洞窟までの道

けしの花らしい この頃はインスタントカメラだったのでイマイチ・・・
けしの花


しかし、炎天下の中、たった30分程度の徒歩で、私たちは周りの風景にも飽き出してしまった。

オルガはヒッチハイクを始めた。
しかし、この道はあまり車が通らず、しかも(というかやっぱり)なかなか止まってくれない。

ようやく1台の古い車が止まった。中には大工さんみたいなおじさんが乗っていた。ぺトラルナ洞窟まで乗せてくれるという。
車はものすごくポンコツで、中は使い古した道具など満載で、正直汚かった。
しかし、英語を話せないおじさんだったが非常にいい方で、無事洞窟まで連れて行ってくれた。

ぺトラルナの洞窟は1500mという長い鍾乳洞があるところであり、以前ネアンデルタール人の頭蓋骨が見つかって有名になったとのこと。
日本でいうと、やはり秋吉台みたいな雰囲気だったと思う。ところどころ水がポタポタ落ちてきた。
英語のガイドさんが案内してくれた。写真は撮影できなかった。

博物館が併設されていたが、あまり印象に残っていない・・・。

洞窟前から見渡した風景
洞窟前から見渡す



ぺトラルナ洞窟までやってくるバスも少ないながらあるものの、見学終了時はちょうど出たばかり。
仕方がないので、再び4kmの道のりを引き返すことに。

途中、車が一台私たちの前に停車。
行きに乗せてもらった車!
さっきのおじさんが用事を済ませて引き返してきた。

また乗せてくれるという。

ありがたく乗せていただく。
よく考えたら外国の女2人で危ないことをしてたもんだ・・・。

12:45 エレオホーリアバス停に無事到着。
しかし誰もいない。
おじさんが来たのでバスの時間を聞くと、14:30まで来ないという。
周りには少しの民家があるのみで、他に何もない。
仕方ないので待ち続ける。
あんなに射していた日が陰り、急に冷え込んできた。
あまりに寒いため、紛らわすために歌を歌いながらバス停の周りを走り回った。

このバス小旅行から、
「旅行では、待ち時間にもひたすら耐えるべし」
という教訓を得た。
日本みたいにポンポン頻繁に列車やバスが来る所なんてそんなにない。
むしろこんな風にのんびりとした日程でしか進まない旅行が多いはず。そんなのんびりとした時間の合間に、タイトなスケジュールでは見つからない面白い事が見つかるんだと思う。

15:00前、ようやく来たバスに乗り込み、ネア・カリクラティアという海岸沿いのリゾート地へ向かう。
そういえば、おじさんもバスを2時間ずっと待ってたなあ・・・。

2006.11.25 / Top↑
ギリシャに着いてすぐ、実は私は誕生日を迎えた。
到着日にふとしたきっかけでこのことが判明したため、地元でお世話してくれていた学生の皆さんは、急遽誕生日パーティーを計画してくださった。

うれしい・・・。

旅立ち前から寂しい誕生日を想像していた私は、本当にうれしかった。

誕生日パーティー(正確にいうと、私ともう1人の留学生オルガの歓迎パーティーを兼ねている)では、それぞれの国の料理をひとつ作ることが要求された。

私はこれぞ日本料理である「肉じゃが」を作ることにした。

実は、醤油はスーツケースの中に隠し持っていた。
たぶん、「日本食がなかったら向こうで辛い思いをするに違いない」と思って小さな醤油を持参していた(でもこのときしか使わなかった)。

近所のスーパーで他の材料を手に入れる。
肉は・・・そういえば、こま切れなんて売ってないか。
牛肉売り場ではレンガみたいな赤身肉の塊が、でーんと置かれているのみだった。
これを購入。

調味料売り場では、・・・やはり「みりん」はない。
砂糖は、日本でいう「三温糖」に近い感じの茶色の砂糖があった。
これは合格。
ダシもなし。日本酒もあるわけないか。

しょうがないから、肉じゃがの味付けは「醤油」と「砂糖」のみとなった。

野菜はにんじん、メークインじゃがいも、たまねぎをゲット。

肉ブロックをナイフで薄く切ったが、どうにも日本で買っていた肉じゃが用の肉の姿には程遠い。やはり部位が違う。

途中で半ばやけくそになってきた。

どうにか完成。
味は・・・薄い上に、

とりあえず味がついてます

といった感じの、深みも何もないもの。

恐る恐るテーブルに出したが、
まあ、普通に食べてもらえた。

問題の肉じゃがはワイン左隣の鍋の中 クリックすると拡大します
パーティーの食事風景


「本当はこんな味じゃないのよ」
と、しきりに訴えておいた。
後になって、「こないだ日本からの留学生が日本料理作ってくれたけど、あれはイマイチだったねえ。」なんて会話になってたら日本の人々に申し訳ない・・・。

一方、チェコからの留学生オルガは、「ボランボラーケ」というじゃがいもとガーリックで作ったお好み焼きのような料理を披露してくれた(写真では、ワインの前にある料理)。
本当においしかった。
材料は完璧にオリジナル通りのものが手に入ったらしい。


ちなみに、右の男性前にあるお皿には「お箸」がある。
これは、私が現地の人々に向けてお土産として日本から持参したもの。
百円均一で大量購入して皆に配った(せこい)。

皆には難しくて使えないだろうと思い、得意げに
「こうやって使うのよ~」
と教えたところ、

意外と皆すぐに上手に使えるようになってしまった。
肉じゃがも軽々(笑)。

ちょっとショックを受けた。

2006.11.25 / Top↑
ギリシャの人々の名前は、実はあまりバラエティがない。
ギリシャ人はギリシャ正教徒が多く、名前はキリスト教の聖人やギリシャ神話にちなむものが多いようだ。

例えば、病院の女医さん「アスィナ(AθINA)」は女神アテナ。
多い名前は、男性ではコスタス、女性はエレニィ、アンナなどらしく、テッサロニキ滞在中、いずれの名前の方ともお会いしました。
今日本でよく見られるような「独創的で奇抜な名前」というのはないようです。

そして、その「聖人の名前の日(ギリシャ語で「ヨルティ(γιορτή)」というらしい)」というのがそれぞれに存在し、その日はお誕生日と同じくらい重要になる。

つまり、

年に2回も祝ってもらえる!


友人の実家のあるラリッサという街を訪れたときのこと、ちょうど17歳くらいの妹の「名前の日」の祝いがあった。
肝心の妹の名前は忘れてしまった。
あだ名でマーニャと呼ばれていた。

名前の日の前日には、お母さんが夜遅くまでたくさんのお祝い用の料理を作っていた。
当日は日曜日。
主役のマーニャは服を新調し、おしゃれに決めている。
皆でそろって教会へ行くと、近所の人々からは

「ホロネポラ!(Χρόνια πολλά)」

と盛んに祝いの言葉を投げかけられていた。

家に戻ると多くの親戚が集い、妹にプレゼントを手渡した。豪勢な食事とデザート。
近頃の日本では誕生日でも見かけないような、親戚一同総出のパーティー。

うらやましい・・・。

皆に囲まれてお祝いされていた彼女は、私に向かって

「年に2回も祝ってもらっておトクよ~」

とのたまった。

ちなみに、田舎の方は皆盛んに教会に通っているように見えた。
しかし、都会のテッサロニキに出てきている友人に
「教会って毎週日曜に行ってるの?」
と聞くと、

「実家では行かされるけど、こっちでは行かない」

どうも、都会に出てくると都会の生活になるようでした。

テッサロニキ市街 路上駐車が多い
テッサロニキ市街



2006.11.23 / Top↑
病院への通勤にはテッサロニキ街中から出発する公共バスを利用。
平日は毎日利用するため、定期券を購入。

もちろん、テッサロニキに到着したばかりの私には一人で買う実力はなく、交換留学受け入れ先の地元の学生が一緒に購入してくれた。

左側には顔写真が入る 学生料金で1ヶ月22ユーロらしい
バスの定期券



毎日乗り続けたバス。
ゆえに、この頃つけていた日記には、毎日のようにバスの話が書かれている。


想像通り、バスはあまり定刻には来ない。
でも、朝はバスが頻繁に出ていたため、少しゆとりを持って行動していればあまり困ることはなかった。
毎日同じバスに乗っていると、最初は興味深くまじまじと見つめていたおじちゃん、おばちゃんたちも、次第に慣れてきたようで目が合うことは少なくなっていった。


ある日、病院前のバス停のベンチ横に立って、帰りのバスを待っていると、

いきなり右のふくらはぎに何か触れる。

驚いて振り返ると、
いつも循環器内科病棟を掃除しているおばちゃんがニコニコ微笑んでベンチに座っていた。

8分丈のズボンから少し出た私の足をなでている。
生足ではなく、ストッキングを履いていたんだけど・・・。

「これは親愛の表現か?
それとも単なるチカン??
でも、相手はおばちゃんだし・・・。
ストッキングはそんなに珍しくないよね?」


むげに手を払いのける訳にも行かず、困った挙句、愛想笑いの上、

1分くらいの間、なでられ続けた。


バスが来ると、すぐにおばちゃんとは遠く離れた席へ座る。

ドキドキして様子を伺っていたが、おばちゃんは何事もなかったかのようにあるバス停で下車していった。

今でもこの行動は謎のままです。

去り行くバスから見た病院
バスから見た病院


2006.11.19 / Top↑
長くお送りした「アンコールワットの旅」が終了したため、以前少しお送りしていました「ギリシャ留学体験記」を続けることにします。
以前の記載よりかなり時間が経ちますので、カテゴリー別にご覧になることをお勧めします。


世間一般にあまりなじみ深くない、ギリシャ北部の街「テッサロニキ」に学生時代(4年半前)に留学し、1ヶ月通いつめた「パパゲオルギウ病院」。

Google Earthで場所をお示しすると、
テッサロニキを上から眺めた図
テッサロニキ概観


「バス停」が街中にあり、ここからバスに揺られて山の上の病院まで通う。途中で1度の乗り換えあり。直線距離にして約5km。遠い。

パパゲオルギウ病院(ちなみに座標は 40°40'35.30"N 22°57'49.20"E)
隣にはショッピングモール「カルフール」があった

パパゲオルギウ病院


左には十字マークのついたヘリポートらしきものも見られ、大きな総合病院だということが想像できる。


病院の朝は早い。というか、ギリシャ全体で朝の始業時間が早いという。
7時頃から既に仕事が始まっているらしい。
気になる朝食は、自宅ではあまり摂る習慣がないのか、道端で売られている「クルーリ」というドーナツみたいなゴマのかかったパンを食べ歩きしている人も見かけた。

私は8時に病院に来るよう言われた。
以前お伝えした、8時過ぎからの朝の回診(血圧・心電図とり)が終了すると、

休憩

病院内のカフェでみんなでお茶をする。皆、片手にはチーズがたっぷり入ったパイを食べている。
もちろん昼食ではなく、「10時のおやつ」といわれるものだ。
私も勧められ食べたものの、すごいボリュームであり、「夕方まで食事はいらん」、と思った。

10時のおやつで気合を入れた後、病棟業務を再開するが、
13時半頃には病棟業務は終わり、退院した患者さんに行った検査や病状などを記載する「退院サマリー」などの事務作業が始まる。

つまり、1日の仕事は昼過ぎには終了。

日本の循環器内科では考えられないゆとりであった・・・。
今から考えると、暇な時期だったのかもしれない。

施設は新しいだけあり素晴らしく、カテーテル検査を行う部屋がひとつあり、1日中稼動していたと思う。しかし、心臓超音波検査を行うエコーの機械は病棟では見かけなかった。患者さんの急変時にはどうするのか・・・。

女医アスィナ先生は、10時のおやつ以外にも控え室でばくばくおやつを食しており、まだ20代で若いはずだが、その体格は徐々におばちゃん化しつつあるようだった。
しかし、キャラは非常に明るく、

大阪のおばちゃん

を思わせ、懐かしさを覚えた。

循環器内科病棟入り口
右の扉には「カルディオロディキ クリニキ(循環器病棟)」と書かれている

循環器病棟入り口

2006.11.18 / Top↑
トンレサップ湖を後にして、再びシェムリアップ市街地へ。
オールドマーケットという市場に着く。

ここは、野菜、果物などの食料品、日用雑貨、お土産物までなんでもそろう観光客に一番人気の市場。

日本ではあまり見かけない淡水魚の干し魚が目立つ。
変わった色をしているから、干し肉かと思った。
活気があるためドキドキする。

淡水魚の干物の店
干し魚


干し魚アップ どうやって食べるんでしょう?
魚アップ


しかし、これらの店をほとんど見ることなく、ガイドさんは私たちをあるひとつの店へ案内。

「提携している店。日本語が通じるしサービスもしてくれます」
とのこと。ここで30分放置される。

「えー、好きな店で好きなもん買わせてよ~」
と不満はあったが、店自体はそんなに悪くはなさそう。

カンボジアシルクのスカーフを5枚(5~6千円)お買い上げ。
日本の感覚ではかなり安いが、中級以上の値段らしい。
これらのスカーフは安いと洗濯できないが、ちょっと上等になると洗濯してもしわしわにはならないとのこと。ちなみに母が帰国後に1枚洗濯したが、ちっとも傷まなかったとのことでした。

30分後に撤収させられ、不満を少し残しながらホテルへ。

オールドマーケットを楽しむなら、やはり個人旅行あるいはフリータイムとして行く方が良さそうですね。


ちなみにトンレサップ湖の写真の後、写真は激減。
後で見てみたら、ここでお出しした写真しかありませんでした。
そんなつもりはなかったけれど、疲れがピークで写真を撮る気力もなかったのかも。


18時頃、空港までの送迎バスに乗り込み、シェムリアップ空港へ。
ここでは4つあったチェックインカウンターのうち2つが壊れて手続きできないというトラブルに見舞われ、並ぶこと1時間。
更に飛行機の出発も30分遅れ。
まあ、カンボジアらしいエピソードなのかもしれません。

ホーチミンで乗り継いで現地時間24時前(日本時間で翌日2時前)に関空に向けて出発。
機内はエアコンが効きすぎてとても寒く、毛布にくるまって震えていました。到着までは5時間半ほどなので、2時間ほど暗くなってうとうとした後たたき起こされて朝食を食べさせらました。何を食べたかあまり覚えてませんが、お粥だったような・・・。
台風が来ていたため、大揺れの中、7時前に関空到着。

疲れた~~

家に帰って、すぐに寝てしまいました。その日は夜まで起き上がれませんでした。
何が疲れたのかよくわかりませんでしたが、今から考えると帰路が辛かったのかもしれません。

しかし、実質たった3日間のアンコール遺跡ツアー(アンコール遺跡観光三昧プラン)。
確かにツアータイトル通りの遺跡三昧でした。
見る物ひとつひとつに迫力があり、日本の感覚でいう「当たり前」をことごとく壊してくる勢いがありました(スキマなく埋め尽くした壁とか顔がやまほど浮かび上がる塔とか)。びっくりして呆然としてしまうものが多かった。

やっぱり海外に出かけるなら、
「見て驚きと感動で言葉も出ず立ちつくしてしまうようなもの」
を見に行きたいですね。

アンコールワットの楽しい思い出に浸りながらも、早くも次なる旅先をインターネットで探し始めるのでした。

2006.11.12 / Top↑
14時20分、ワゴン車が到着。
トンレサップ湖へ向かう。

シェムリアップ川沿いに走ること30分。
湖の港に到着。

ボートに乗り込む 中央はガイドさん
ボートに乗り込む


ここは「プノン・クロム」という山の上にある遺跡のふもと。
ここからボートに乗り込む。

ただ、ボートに乗り込むとき、なぜか一人カメラでこちらが乗り込むところをパシャパシャ撮っていた。
「?? 取材?」

と思いつつも、ボート出発と共にすぐ忘れ去る。


トンレサップ湖は乾季(11月上旬~5月中旬)は広さ3000平方キロメートルの湖だが、雨季(5月下旬~10月上旬)になると10000平方キロメートルにまで膨れ上がるらしい。現在はまさに雨季。
航空写真でも眺めが変わる→宇宙航空研究開発機構(JAXA)

リンク先の写真を見ていただければわかると思いますが、
雨季はまさに

水浸し

琵琶湖の面積が670平方キロメートルらしいので、雨季の面積は、ほぼ15倍と脅威の広さです。

琵琶湖の湖畔に縁がある私としては、琵琶湖の湖岸線が変動することは非常に恐い。湖畔の家は確実に沈没してしまう。
しかし、トンレサップ湖はそうやって面積を広くすることで周りの田畑を潤し恵みをもたらすようです。自分で伸縮する、生きた湖。

よって、周りの家も水没に備えて高床式。

これは水没ではなく元々湖の上の家
水上の家


ちなみに、この家々、「移動式」だそうだ。
床下に長い柱が立っており、家全体を持ち上げている。

引っ越すときは、ボートを家の床の下に入れて、
ボートに家ごと乗せて移動
するらしい。

納得。


ボートはどんどん進む。
水は濁っている。雨季のせいか、いつものことか。

本来は地上で生えてた木が沈んだのか?
木が沈んでる


しばらく進むと、

水平線


なんと水平線。

ボートはしばらく停泊
ボート停泊


湖で水平線が見えるとは思わなかった。
琵琶湖でも大きい大きいと思っていたが、このスケールに驚き。
皆、水平線に驚きしばし無言で眺める。

水平線を堪能した帰り道、水上の養魚場に寄る。
ここには養殖魚の囲いの他に、お土産物売り場、喫茶店、更には淡水魚を集めた水族館、ワニ養殖場まである。

ワニが囲いの中にうじゃうじゃ
ワニ養殖



元の港に戻り、ボートを降りた瞬間、子供たちが一斉に駆け寄ってきた。それぞれの手に丸いものを持っている。

それは中央に写真が入った絵皿だった。客一人一人の顔写真がはめ込まれている。

行きに撮られた写真はこれだったのか!

しかも意識せず撮られた写真ばかりだから、表情・視線も微妙であり、非常にブサイク。
絵皿なんて作っちゃって、もったいない・・・。
購入せずにがっくりしながら車に乗り込みました。

2006.11.04 / Top↑
アンコールツアーで4日間お世話になったホテルは
「シティーリバーホテル」

できてまだ2年程度できれい
シティーリバーホテル


シティーリバー入り口横


シェムリアップ市内のメインストリート、国道6号線からは少しそれますが、シェムリアップ川のほとりにあるかわいいホテルです。

エコノミーホテルになるんじゃないでしょうか。お値段は値段表を無くしてしまったためわかりません・・・。

1階にはフロント、レストランの他に、有料でインターネットもできました(使ってないのでいくらかわからず)。

お部屋もきれいで清潔。ネットで調べた内容ではドライヤーがついているとのことでしたが、部屋の引き出しのどこを開けても見つかりませんでした。
不安だった「お湯は出るのか」は、しばらく流していると徐々に水→ぬるま湯→お湯と変わっていったため問題なし。
セーフティーボックスもあり、ボーイさんがしっかり使い方を説明してくれました。

日本人観光客は結構多く、フロントのお姉さんも日本語を話します。

レストランはきれいで開放的。朝食つきプランの場合バイキングをここで食べます。
朝食バイキングの内容は日替わりで、コーン入りパンケーキや肉まん、お粥などのメイン料理にドラゴンフルーツなどの果物も豊富。飲み物もジュースやコーヒー、紅茶など揃い、おいしくいただけました。

お昼も充実。最終日はフリーだったため、昼食はここで。

鶏肉カレー
昼ご飯のカレー


ご飯はなんとハート型
ご飯はハート型


お値段は500円くらいだったと思います。
かなりのボリューム&辛さでしたが、東南アジア系香辛料の好きな私にはたまらない食事となりました。

バスで同じグループメンバーをピックアップしているとき、プールがついた豪華絢爛なホテルをたくさん見てうらやましく思ったこともありましたが、まあ、どうせホテルでは疲れてほとんど寝てたし、私も母も身分相応なホテルだったでしょう。


9月17日。アンコールツアーもいよいよ観光最終日。
フリー日なので午前中はゆっくり休み、午後から前日に申し込んだオプショナルツアー「トンレサップ湖とオールドマーケット」に出かけます。

2006.11.03 / Top↑
ロリュオス遺跡群からシェムリアップ市街地へ帰る途中、車は突然ひとつの家の前で停車。

「影絵の店に寄ります」
とガイドさん。

そこは、「スバエク・トーイ」というカンボジアの伝統芸能・影絵芝居で使う影絵人形のお店でした。

店の入り口
影絵の店


中に入ると、店の外にいた子供たちが一斉に動き出す。

なんかみんな裏手に回ったなあ、と思っていると、

影絵でお出迎え


なんということでしょう。

子供たちが店内に造られたスクリーンを使って私たちに影絵芝居を始めたのでした。

ストーリーは特になく、とにかく影絵人形をみんなが動かして見せてくれました。

店内には影絵で使う人形がたくさん置いてありました。
素材は薄く平たい皮であり、それをノミと木づちで細かく切り込みを入れて装飾をするらしい。
とても細かい作業だと思われます。

あまりにかわいいので、ひとつ象の人形をお買いあげ。

象の人形 皮は薄いがけっこう硬い
お買い上げ


店内には高校生くらいと思われる年齢の男の子がいて、その子にお会計をしようと人形を手渡したところ、その青年は

「%#$@!」

と奥に向かって何やら声をかけた。

すると、小学校低学年くらいの男の子がうれしそうに駆け寄ってきた。

この人形、なんと、この子が作ったらしい。
びっくり。

一緒に記念撮影。

うれしそう 隣の私の顔はハズカシイためカット
記念撮影


ガイドさん曰く、ここで人形を作っている子供たちはたいてい孤児であり、この施設では人形作りの指導の他、上級生が勉強も教えているらしい。
店の外には屋根つきの教室のようなスペースがあり、そこで子供たちが語学(英語??)の勉強をしていた。

こういう孤児のための施設がカンボジア内にはたくさんある。私は遺跡のことは日本から色々予習してきたものの、このようなカンボジアの内情をあまり分かっていなかった。
日本に帰ってから少しずつ調べてみたら、内戦が終わってかなりの年月が経ってはいるものの、未だに地雷による死亡・障害は絶えず、貧困に苦しむ人々が大勢おられるようだ。日本からも支援・ボランティアの人々が大勢働いておられるようです。

ウキウキと観光していた自分をちょっと恥ずかしく思いつつ、店を後にしました。

2006.11.03 / Top↑