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ロレイから車で少し走ると、周りに牛がウロウロしている遺跡にたどり着く。

プリア・コー:聖なる牛
牛を祀った遺跡である。
水牛はシヴァ神の乗り物らしい。

修理中でつっかえ棒だらけ
プリア・コー 修理中


耳が欠けてる 目はつぶらでかわいい
牛の像



周りでは牛がウロウロ。

周りに牛が

私たちには無関心。
牛アップ


周りで草を食べている。
一応首輪?がついているが、首輪につながった鎖の先には何もついてない。

すなわち放し飼い。

もちろん凶暴性は全く無く、牛に追われたりすることなんてないけれど、たまに行く手をはばんだりするため、少しドキッとする。
牛が神様な遺跡だから、逆らわずそーっと通り抜ける。


その後、車でもう少し走ると、大きな遺跡への参道が現れる。

バコンに到着。

参道の両脇にははぎれがたくさん
バコン 参道


両脇につるされた紐には、色とりどりのはぎれが丁寧に縫いつけられている。
ガイドさん曰く、ちょうど「カンボジアのお盆」の時期のため、きれいに装飾されているらしい。
カンボジアのお盆には帰省ラッシュはないようだが、お寺参りをするらしい。

逆光バコン


夕方で少々薄暗いが、日本人観光客がちらほらいて、夕焼けのバコンを思い思いに過ごしていた。

バコンの上から参道を見下ろす
参道を見下ろす



ロリュオス遺跡群は見た目は地味な品揃えではありますが、素朴でとても落ち着いた素敵な遺跡ばかりです。
短期ツアーでは回らないものが多いですが、他にはない魅力にあふれているため、ぜひ訪れてみてください。
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2006.10.31 / Top↑
一眠りしてから、16時過ぎにワゴン車に乗り込み、ロリュオス遺跡群へ。

大きな道からいきなり田んぼの中の舗装されていない道へ入る。

ロレイへ到着。

周りにはお寺があるらしく、スピーカーからお経らしき声が大音量で絶えず流れている。
しかも、お寺はこの遺跡を挟んで両隣に存在し、それぞれがスピーカーから流すので、

非常にやかましい

もちろん何を言っているかもわからない。

ロレイ かなり小さい遺跡
ロレイ


アンコール・ワットよりかなり古く、創建893年のヒンドゥー教のお寺、とガイドブックに書いてあった。
夕方であるせいか、スピーカーからのお経を差し引けば、かなり落ち着いた、少々人気の少ない寂しげなところである。
このときは、私たちのグループしかいなかった。
一人で行くには人気がなさすぎるかも。

彫刻は復元
ロレイの復元彫刻


向かって右側には高床式の僧房が。中にはオレンジ色の袈裟を着たお坊さんがたくさんいらっしゃる。
子供のお坊さん(見習い?)が外の様子を伺っているのもわかる。

隣のお寺


世界遺産DVD「カンボジア編」でもこの寺院の映像があり、中で両親を亡くした子供たちが小乗仏教の教えを学んでいるとのことであった。

たまに外側に出してあるドラを「どーん」とたたく。たたいたのは、まだあどけない小学生くらいの男の子だった。

左横にあるお寺
反対側隣のお寺

寺の入り口にはカラフルな旗が
お寺の旗


失礼ながら、スピーカーからのお経ダブル攻撃は本当にうるさかった。
しかし、これがこのお寺での大事な仕事なのだろうから・・・。

一同はロレイを後にして、プリア・コーへ。

2006.10.29 / Top↑
観光2日目の昼食は、シェムリアップ市内の「ロータス・アンコール」というホテル1階のレストラン。

ロータス・アンコールホテル入り口
ロータス・アンコール入り口


ホテル入り口の花


白い壁に深い茶色の調度品。落ち着いた素敵なレストランです。
パックツアーでこんなきれいないい所に来ると思ってませんでした(今まで行った他の国のパックツアーのお食事はイマイチだった)。

いつもどおり、ドリンクは別料金でコース料理を食べる。

パイナップルの器に入ったパイナップルごはん
パイナップルごはん


どこでも出てきた炒め物
炒め物


パイナップルの器をくり抜いて作った器。中にはパイナップルジュースが。値段は忘れた。安かったです。
まるごとパイナップルジュース


お食事はどれもおいしい。しかも、とてもきれいなところで皆「ホッ」とした雰囲気でした。

このホテルは中級クラスのようで、エコノミーコースの私が泊まれるところではなかったようです。
1階にはカンボジアシルクの雑貨店があり、洗練された趣味の良いかばん、スカーフが置かれていました。お値段は結構高め。
壁はガラスで光をふんだんに取り入れています。明るい。
しかし、お食事だけでもここに来られてよかったです。


同じグループのメンバーは今日の夕方のフライトで日本に帰る or ホーチミンへ行くらしい。
このツアーのメンバーは、
世界遺産アンコールワットとプチパリ・ホーチミンフリー6日間
とか
世界遺産アンコールワットとハノイ&ホーチミン周遊の旅7日間
などに参加している成田発の方々ばかりだった。

ちなみに私たちのツアーは
「気軽にアンコール・ワット
世界遺産の街で滞在プランをアレンジ
アンコール遺跡5日間
(アンコール遺跡観光三昧プラン)」

だったので(どこの旅行会社かわかってしまいますね)、
シェムリアップにしか滞在しない。
他の国でまだ楽しめる他メンバーが少々うらやましい・・・。

お昼ごはんで皆とお別れの挨拶を交わして、ホテルへ一旦帰宅。

昼休憩の後、たった2人になった私たちは、他のグループに混ぜてもらい、ロリュオス遺跡群へと向かいます。
2006.10.29 / Top↑
バンテアイ・サムラエを後にし、いよいよ本日のメイン遺跡、「バンテアイ・スレイ」へ。
バンテアイ・サムラエから更に15km程度離れており、再びバスは飛ばしていきます。

途中、ふと右側の窓をのぞくと、なんと虹が!

太陽の周りに輪状にかかる虹
虹だ!


あまりに皆が騒ぐため、ガイドさんの計らいで、一旦バスを停めて虹を見るために私たちを降ろしてくれた。
きゃーきゃー騒ぎながら10枚近く撮った割には、逆光と撮影テクの拙さによりこれくらいしかお見せできる写真はなかった・・・。


30分バスに揺られ、ようやくお待ちかねのバンテアイ・スレイに到着。

第二周壁の門
バンテアイ・スレイ第二周壁の門


彫刻が素晴らしい屋根
彫刻屋根


バンテアイとは砦、スレイは女という意味のようで、これは「女の砦」らしい。

どんな砦だったんだろう。

ここは他の遺跡と比べて赤い砂岩が用いられ、色鮮やかできめ細やかな彫刻が自慢です。

ここには、超有名な「東洋のモナリザ」があるんです。
60年くらい前に、アンドレ・マルローというフランスの作家がその像のあまりの美しさに盗もうとして捕まったという逸話つき。
ガイドブックの写真では、他の遺跡の女神像よりしなやかな体つき、おだやかな包み込むような微笑みが見られ、まさに「モナリザ」。
楽しみでしょうがない。

期待を胸にどんどん中へと進んでいく。


皆がボーっと立ち尽くしている場所があり、早足で近づく。
皆の目線の先を見る。

この先立ち入り禁止
遥か彼方のモナリザ


開かない中央の扉の両脇にあるのが、噂の東洋のモナリザ。

遠い!!

望遠で撮ってもここまで
モナリザ精一杯のアップ


モナリザ、たぶん私たちに向かって微笑んでるんだろうけど、顔つきまではわかりませんでした。

恐らく、大事な遺跡保護のためには仕方ないんでしょう。
いつの日か、私も含め皆が心がけて遺跡観光のマナーを守れるようになる日が来たら、近くで顔を拝めるのかもしれません。


昼食のために再びシェムリアップ市内へ移動。
実は、私たち以外のメンバーは本日のお昼で観光終了してシェムリアップを去るようです。

2006.10.22 / Top↑
翌9月16日の朝。母の体調は胃もたれしつつも回復していた。
今日の観光には差し支えなさそうだ。
ほっと一安心。

8時20分に集合しバスに乗り込む。
今日はアンコールワット、トム以外にもまだまだある遺跡を巡る。

バスでスラ・スランという王様の沐浴場(めちゃくちゃ大きい池)横を、あっと言う間に全速力で素通り。
速すぎるよ~
スラ・スラン


限られた観光時間では、このように飛ばしまくる。
もちろん、こんな形でも立派に
「観光した遺跡」に数える。


ようやく降ろしてもらえた遺跡は「プラエ・ループ」。

プラエ・ループ


昨日と異なり、ここが本日一番急な階段。
もちろん、楽々である。

階段を上がると・・・
プラエ・ループの上


ここは900年代創建という、アンコールワットよりも古い遺跡。

次はすぐ近くにある「東メボン」。
この遺跡もプラエ・ループと同年代に造られており、
よって、似たような建物だった。

四隅に立つ象
東メボンの象の像


これらの遺跡は、アンコールワットの派手さに比べたら、
申し訳ないが、地味~な感じ。


更にバスで、「バンテアイ・サムラエ」へ。
ここはとても静かな素敵なところだった。

バンテアイ・サムラエへ続く長い道
バンテアイ・サムラエ入り口


遺跡を取り囲む壁の外回りは芝生が敷き詰められている。
昨日は晴れていたため問題なかったが、雨の後は水たまりに阻まれ中に入れなくなるらしい。

しかし、内側は水浸し。

壁の内側

ぼちゃんと落ちた人も少々・・・。

細かい美しいレリーフが豊富
美しいレリーフ



遺跡は美しく、素晴らしいものばかりだったが、
似たような雰囲気の遺跡を見続けていると
最初に見たときの感動は少しずつ薄れてくる。

更に時間に追われて慌しく見続けたのなら・・・

やっぱり心への刻まれ方も浅くなってくるでしょう。

仕事上、ツアーでしか参加できない日程だったから、これが私にとって一番適した旅行スタイルだったんですが、
急かされて駆け足で回ったあの遺跡たち、

もうちょっとじっくり見たかったなあ・・・。

と今も思い出す日々です。
2006.10.20 / Top↑
アンコールワット第三回廊に必死で昇った後は、手すりつきの階段から降りれるものと思っていた。

しかし、

「手すりの階段からは降りませーん」

とガイドさんの一声。

グループ皆、血相を変えてガイドさんに詰め寄る。

もちろん、母は青ざめて必死だ。

「なんで、手すり階段で降りないんですか」

「手すりの方は、たくさん人が並んでいて時間がかかります。
ここから降りるのを待ってると、日の入りの時間に間に合いません」

確かに、手すり階段からは30人くらい並んでいる。
でも、今から並べばそんなに時間はかからないのでは・・・。

「下りは楽だと信じて必死で昇ったのに・・・!」

と母も頑張る。

しかし、ガイドさんは曲げない。

「みなさん、
夕日が見られなくてもいいんですか?

皆、ぐっと黙る。
予定を曲げてまで主張すると、グループメンバーに迷惑をかけてしまう・・・。

仕方なく皆従って手すりなしの階段へ向かう。

一人ずつ、階段側を向いて(つまり昇るときと同じ向き)、ゆっくり下の段に足を下ろしていく。

ここでも斜めがけバッグが前側に回り、引っかかる。

こんな風に階段に背を向けて降りるのは恐い
降りた階段


ようやく地上に降り立ち、一安心。

後から同じ会社のツアーの別グループの人から聞いたのだが、

手すりつき階段に並んでも10分も待たなかったらしい。

母は無事降りたが、降りる前の激しい緊張から体調を崩し、この後すぐに向かったプノン・バケンへは行かなかった。

ちなみに、曇りで夕日は見えず・・・。

プノン・バケン 人だかり
プノン・バケン


遠くに見えるトンレサップ湖
トンレサップ湖


この後に予定されていたアプサラダンス鑑賞つき夕食も体調不良でキャンセルし、早めにホテルに帰って床につきました・・・。

2006.10.15 / Top↑
第三回廊へと向かう急勾配の階段。
これを昇らないと、中央堂にはたどり着けない。

比較的昇っている客の少ない階段を指定された。
手すり、鎖などは、ない。

試練の階段
昇った階段


「下は決して見ないでくださーい。
見なければ絶対昇れまーす。」

ガイドさんがまず先に昇る。
皆階段に両手を添えつつ這いつくばって、リズム良く昇って行く。
私は真ん中辺り、母は並んで端を昇る。

階段は1段40cm程度はありそう。
高いところは苦手なので、もちろん下を見ることはできない。
しかし、手元を確認するのに精一杯で、後残り何段なのか上を見上げて確認することもできない。しかも段は多く、なかなか終わりが見えない。
体勢を整え整え昇るが、斜めがけバッグがこんなときに限って体の前側に回ってくる。
バッグが段に引っかかってバランスを失い、頭からまっ逆さまに落ちていきそうな気がしてくる(考えすぎ)。

まさに

必死

そんなとき、隣を昇っている母が幅寄せしてきた。
消えそうな声で
「端っこ、上の階段が欠けてて、先がない・・・」
慌てて場所を空ける。

まあ、言っても30秒程度で昇り終わるんだけどね。

昇り終わって下をのぞくと・・・

上からのぞく


ですね、これは。
昇り終わった後は、恐怖で膝ががくがくしておりました。

やはりアンコールワットを訪れる際には、サンダルよりはスニーカー、斜めがけバッグよりはリュックを勧めます。

苦労して昇った後は、素敵なごほうび。

上から眺めた光景
第三回廊から眺めたら

保存状態の良いデバターが多い
きれいなデバター

更に高いところにある塔
見上げた塔


下りの階段は、手すりがついたところを降りる。

はずだった・・・。
2006.10.14 / Top↑
アンコールワット第一回廊は下の写真の一番外側の四角い囲みを指す。
外側から内側にかけて第一、第二、第三と名前が付いている。

Google Earthより引用
googleアンコールワット


私たちの壁画見学は、右下半分からスタートし、右側をぐるっと回り、上右半分まで見て終了。

最後の壁画は、何度も登場しているヒンドゥー教の天地創生の神話
「乳海攪拌」
(詳しい話は「痛々しい綱引き」をご覧ください)

見にくいですが、中央で男性が蛇を引っ張っています
第一回廊の乳海攪拌



本当はまだまだ壁画は続くのだが、かなり楽しんだのだが、
これでもうお腹いっぱいだった。
朝からの観光で疲れてたのかもしれない。

しかし、今から有名な第三回廊へ続く
恐ろしい階段へ昇るのだった。

母を見ると、既に青ざめている。

「ガイドブックに、以前階段から落ちて骨折した人がいるって書いてあるのよ~」

第二回廊内側に入ると、こんな光景が

初めて見た階段


初めて
「家に帰りたい」
と思った。
2006.10.14 / Top↑
アンコールワット第一回廊を更に進むと・・・
意外と私たちに分かりやすい壁画が。

天国と地獄


この一角は「天国と地獄」がテーマ。
この写真の上段が天国、下段が地獄。
上の段はどこが天国なんだかよく分からないが、
下の段は、人(恐らく罪人)がちょいと大きな人に思いっきり踏みつけられている。

地獄のボスはこの方。

えんま大王


えんま大王である。
背中から18本の手が出ていて、剣を持ってるらしい。

ところで、地獄のボス、えんま大王は一体誰か。

ガイドさん曰く、どうやら

一番初めに死んだ人

らしい。

地獄の沙汰も早い者勝ちなんでしょうか。

この壁画、右に進めば進むほど、地獄の罰がえげつなくなります。
火あぶりにされたり、全身に針が刺さってたり・・・。
えげつなくて、写真撮るの忘れました。

昔から、この壁画を使って、
「悪いことをすると、地獄でこんなことをされるんですよっ!」
と子供に教育してたのかもしれませんね。


更に回廊の角を曲がって進みます。
2006.10.12 / Top↑
第一回廊の壁にはこれまた彫刻が隙間なくぎっしり。

正面向かって右側は、インド神話の「マハーバーラタ」が描かれている。

王家の腹違いの兄弟。兄には王子が100人(!)、弟には5人の王子が生まれた。
しかし、5人の王子は100人よりも学問、武術に優れていたそうな。

100人もいるのに・・・。

それを妬んだ100人の王子。王位争いのため、たった5人を相手に戦争を始めた。

これは5人の王子
5人の王子


100人の王子の一部。その他大勢といった感じ・・・。
100人


この先はあまり詳しく知りませんが、戦いはどろどろ続いたようです。

ちなみに、壁画がてかてかしているのは、壁画に触りたい放題だった昔、皆が信仰のためになでて、指の脂がいい感じにてかりを与えたからだそうな。


壁の角を曲がると、また別の壁画が。

このアンコールワットを建立したスールヤヴァルマン2世の登場。

スールヤヴァルマン2世


王様なので、傘がいっぱい上に立ってます。



この辺りはひたすら壁画鑑賞。
素晴らしいけれども、あまりきれいに写真が撮れなかった・・・。

更に壁画は続きます。
2006.10.10 / Top↑
一旦ホテルに帰って寝た後、再び午後の部として集合。

いよいよアンコール・ワットへ。

ちなみに3日分のアンコールワット付近の遺跡見学の3日券はこんなもの。

右下に持参の写真が入る。その場でラミネート加工。お値段40ドル
パスポート


チェックポイントで観光バスは一旦停止し、バス内にかわいい検札係のお姉さんが乗り込み、皆の首からパスポートがかかっているかをちらっとチェックし終了。
たぶん日付は見てない。


そこから朝来た道をバスで走ると、すっかり日に照らされ全景をあらわにしたアンコールワットの西塔門があった。

立派だけどまだ門
アンコールワットの参道



両脇をお堀に囲まれたこの参道を進み、門をくぐると待ちに待ったアンコールワット

やっぱりみんなここで写真を撮るので渋滞
門をくぐると



さすがに皆が目指す世界遺産なだけあり、広大な敷地に堂々と構えた石造建築。造られた12世紀から現在まで国民が誇りとし守り続けただけのことはあります。

更に進む


見える3本の尖塔は奥にもあり、計5本あるのだが、造られた当時は9本あったようです。
ヒンドゥー教を信仰していたスールヤヴァルマン2世が建立したものであり、中央の塔のある建物が神々の住む「須弥山(しゅみせん)」、周りを取り囲む回廊が「ヒマラヤの連峰」、お堀が「大洋」らしい。


9月半ばのカンボジアは雨季であり、午後の気温は恐らく35度くらいはあったと思う。
この写真は夕方4時頃だが、日差しはかなりきつく、写真内で見られる傘は日傘ではなく恐らく雨傘。帽子だけでは首が耐えられず、皆雨用に持参した傘を差していました。

紫外線、うなじにじりじり来てます、
と肌で思い知るひとときでした。

しかし、日差しを除けば、蒸し暑さは真夏の大阪や京都の日中とあまり変わりません。大阪、京都の夏はひどい。
まあ、あんまり私は日中に歩き回ったり山登ったりしないから、きつかったですが。
こまめに水を取るよう心がける必要はありそうです。


蒸し暑さに多少くらくらしながら、向かって右側の第一回廊へ向かいます。
2006.10.08 / Top↑
アンコール・トム見学を駆け足で終わらせた1日目。
昼食を食べにシェムリアップ市内へバスで移動。

着いた所は、200席以上は余裕でありそうなレストラン。
後でガイドブックで調べたら、「ニュー・バイヨン」というレストランだった。

あからさまに観光客用に作られたレストランに見え、普通見られる4人掛けテーブルなどはなく、一気に20人くらい座れる長ーいテーブル。

周りにも既に日本から来た別のツアー客(旅行会社は同じようす)が座り、既に食事が始まっていた。
スムーズに食事が進むように、もちろんコースメニューとなっていた。
ドリンクのみが別料金という定番のもの。

いかにもツアー客用レストラン、って今までの経験ではあまり味に期待できない。
2年前に中国の万里の長城見学前に連れて行かれた、安っぽいツアー客用大型レストラン(1階はみやげ物売り場)を思い出す。あのときは脂っこい食事ばっかりで大半を残してしまった。


まずパパイヤサラダ、カシューナッツと野菜の炒め物が出てきた。

パパイヤサラダ。辛い!
パパイヤサラダ


見た目のさわやかさに比して実はかなり辛い。これはこの後訪れるいくつかのレストランで必ず目にしたメニュー。
相当定番料理らしい。


これをつついていると、次に店員さんは深皿に麺を配り始めた。

米の麺。ベトナムのフォーとは違う、とのこと(どこが違うかよくわからない)。
米の麺


この麺も意外に辛い。味付けは香辛料、特にニンニクの香りがした。
辛い味付けの麺類はかなり好きであるため、これに関しては完食してしまった。

その他計4種程度のおかず(写真がない)が出てきたが、意外においしい。
ホントはもっと安くておいしいところがあるんだろうけど、まあ、安めで選んだツアーにしてはなかなかのレストランだった。


食事の時間は同じグループ内のメンバーの交流時間でもある。
メンバーの半分は学生で、大半はたぶん私より若くて元気。安めツアーだし、体力をかなり使ったから若い人向けのプランだったんでしょう。

うちの母はそのメンバー内ではかなり異色で、目立っていた・・・。
ちょっぴり香辛料にやられて食欲がない時も、皆から注目され
「食欲ないんですか?大丈夫ですか??」
と心配される。

遺跡見学中も、ガイドさんからは
「お母さん、大丈夫~?」
と手を差し伸べられる。
見た目より意外にタフで運動神経のいい母は、少々恥ずかしそうだった。

でも、心配してくれて本当にありがとうございました。
2006.10.06 / Top↑

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